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不登校は「心の骨折」かもしれません

鳴門教育大学准教授 
廣瀬 雄一

 あるとき子どもが「学校へ行きたくない」と言ってきたら、周りの大人はどうしたらいいでしょうか。実際にはそのようなとき、親や家族、先生など大人たちの多くは、慌てます。そしてどうするべきか迷いながら、不安とともにこう感じるでしょう。「何かがはじまった」と。しかし子ども目線に立ってみると、それはちょっと違うかもしれません。精神科医の本田秀夫先生はこう言っています。「登校渋りはSOSの最終段階である」と。つまり子どもから見れば、ずいぶん前から何かがすでに「はじまって」いたというわけです。大人が知らないだけで、もしかしたらその子は、幾度も精神的苦痛に耐え、動かない体にむち打って登校を継続してきた、そんな歴史を人知れず重ねていたのかもしれません。

 不登校とひと口に言ってもその様相は千差万別で、ひとくくりにはできません。しかし多くの場合、子どもたちには心の傷つきが伴っているように思います。私は臨床心理士・公認心理師として子どもや保護者の方などに対してカウンセリングを行なってきました。そこで不登校とはいかなる状態かについて説明するとき、「不登校とは「心の骨折」かもしれません」とお話しすることがあります。子どもがもし足を骨折したら、周囲の大人が即座に無理に歩かせようとすることはないでしょう。そんなことをしたら、もっとひどいケガになったり、いつまでも治らなかったりすることを知っているからです。一方、「心の骨折」はやっかいなことに見た目ではわかりません。だから、それに気づかない大人は、「がんばれる?明日は歩ける?」などと本人に尋ねたり、背中を押してなんとか歩かせようとしたりします。昨日まで歩けたのにどうして、と子どもを急かしたり責めたりすることさえあります。「折れている」とは知らずに。

 足の骨折は患部をしっかり固定し、栄養や睡眠、休養を十分にとれば、それなりの時期が来た時にくっつきます。一方「心の骨折」がいつ治るかは、そこまではっきりとは見通せません。しかし余計な刺激を加えずに、十分な栄養と休養を確保することが重要であるという点では、似ているかもしれません。そこで私がとくに大切だと思うのは、家の中の「よい空気」です。家の中で、誰かがひどくイライラしていたり、落ち込んでいたり、あるいは何やら不穏な緊張感が張りつめていたりするとき、それは「空気」が悪いときです。もちろんですが家族それぞれの事情や悩み、色々な思いがきっとありますから、それを安易に責めることはできません。しかしもし、家の中の「空気」をよくする工夫や手立てがあれば、ぜひ考え、できれば大人が率先して取り組んでみてほしいと思います。子どもや家族それぞれが笑顔だったり、安心してやすらいだ表情をしていたり、そんなときはきっと家に「よい空気」が流れているときです。そのような時間を増やすこと、それが子どもの「心の骨折」を治す近道です。

 人は問題が起きた時、その原因と解決策をまず考えようとします。それがはっきりわかるときは、改善に取り組むことができると思いますが、不登校の場合、考えても原因や有効な解決策が見つからないことがよくあります。そんなとき、家の中の「空気をよくする」ことはひとつの方法です。でも時々、「家の居心地が良すぎる」ことを悪く言う大人がいます。しかし学校の居心地がひどく悪いとき、家の居心地まで悪くなれば骨折どころか、子どもの心は壊れてしまいかねません。逆に、子どもにとって学校の居心地がよくなること、これほど確実な不登校対策が他にあるでしょうか。まず大人が取り組むべきは、子どものSOSを受け止め、そこに救いの手を差し伸べること、それに他ならないと私は思います。


徳島市教育研究所 不登校を考える保護者の会「とまり木の会」にて講師を務める。
『心理支援における社会正義アプローチ』(誠信書房)和田香織・杉原保史・井出智博・蔵岡智子編 共著(掲載箇所:ナラティヴ・アプローチと社会正義(P.72-87))

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